Insight2026.09.09

アウトドアブランドの体験イベントにインフルエンサーを招くときの設計

#イベント#起用設計#選定プロセス

ラン、登山、キャンプといった体験型のイベントにインフルエンサーを招きたいというご相談は、投稿ノルマ型のタイアップと同じ感覚で組み立てられがちです。候補をリストアップし、投稿本数と表現の条件をすり合わせ、当日は撮影のディレクションで仕上げる。この段取り自体は間違っていません。ただ、体験型イベントでは、この段取りの前提になっている「投稿の質はディレクションで決まる」という考え方そのものが崩れます。

体験型イベントの投稿の質を決めているのは、当日どれだけ的確に指示を出せたかではなく、体験そのものがその人にとってどれだけ自然だったかです。イベント施策全般で見れば、来場に伴う投稿率は施策の規模によって差が出ることをイベント施策の投稿率に見る規模の効き目で確認していますが、この記事が扱うのは規模の話ではなく、体験の設計そのものが投稿の質にどう影響するかです。投稿ノルマ型と体験型で何が変わるのか、人選の軸がどう移るのか、当日の設計で何を守るべきかを整理します。

投稿ノルマ型と体験型は、設計の前提が違います

投稿ノルマ型のタイアップは、商品や場を用意し、投稿してほしい内容と時期を契約として取り交わす施策です。撮影素材はある程度コントロールでき、天候や体調に左右される場面も限られます。だからこそ、要件定義とブリーフの精度を上げれば、投稿の質はかなりの部分まで設計できます。

体験型イベントはここが異なります。ランであれば距離とコース、登山であれば天候と体力、キャンプであれば設営から夜までの時間の過ごし方そのものが体験の中身であり、ブランドが提供したいのは商品の見え方ではなく体験の質です。投稿は、その体験が終わったあとに本人の中に残った実感から生まれます。体験を作る仕事と、それが語られる状態を作る仕事は、もともと別の設計が必要だという整理は体験をつくる仕事と、語られる状態をつくる仕事でも扱っていますが、体験型イベントはその分岐がとりわけはっきり出る施策です。

図版1: 投稿ノルマ型と体験型、設計の前提の違い

体験型には、投稿ノルマ型にはない変数が入り込みます

体験型イベントの設計を難しくしているのは、当日までコントロールしきれない要素が多いことです。

天候は最も影響が大きい変数です。登山やキャンプは天候によって行程そのものが変わり、撮影に適した時間帯や場面も入れ替わります。移動も同様で、会場に集合して終わる施策と違い、体験型イベントは移動そのものが体力を使う工程であり、移動中の疲労が当日の後半の表情や発言に出ます。安全面の制約も無視できません。段差のある登山道や不安定な足場では、撮影のために立ち位置を変えることが安全上難しい場面があります。参加者ごとの体力差も、投稿ノルマ型ではほとんど問題にならなかった変数です。同じコースでも、余裕を持って歩ける人と、ついていくだけで精一杯の人とでは、体験の受け取り方が大きく変わります。そして、これらの結果として、そもそも撮影しにくい場面が多く生まれます。息が上がっている、汗や汚れが目立つ、暗い、揺れている。投稿ノルマ型のような整った絵を前提にすると、体験型イベントの多くの場面は「撮れない」場面になってしまいます。

これらは運営の不備ではなく、体験型イベントに元々備わっている性質です。設計はこの前提から始める必要があります。

人選の軸は、フォロワー数から「本当にやっているか」に移ります

投稿ノルマ型では、フォロワー数とエンゲージメントの実態がリストの精度を左右します。体験型イベントでは、これに加えてもう一つ、決定的に重要な軸が加わります。その活動を、その人が実際の生活の中で行っているかどうかです。

ランのイベントであれば日頃から走っている人、登山であれば登山を続けている人、キャンプであれば普段からキャンプに出かけている人を起用の軸に置きます。理由は、体験がその人の日常に近いほど、投稿が自然になるからです。慣れていない活動に急に招かれた人は、体力を活動そのものに使い切ってしまい、体験を言葉にする余力が残りません。逆に、日頃からその活動をしている人は、体験のどこが良かったのかを自分の言葉で語れますし、大変な場面があっても、それを含めて自然な投稿にできます。

もう一つ大事なのが、体験を言葉にできるかという軸です。フォロワー数が多くても、体験したことを自分の実感として語る発信をしてこなかった人には、体験型イベントの投稿は難しい依頼になります。逆に、フォロワー数がそれほど多くなくても、日頃から自分の活動について丁寧に発信している人であれば、体験型イベントとの相性は良くなります。

この軸で候補を見るとき、私たちが確認するのはフォロワー数やエンゲージメント率の数字ではなく、過去の投稿でその活動をどう語ってきたかです。装備の選び方、コースの好み、うまくいかなかった日のことまで含めて自分の言葉で発信してきた人は、招いた体験についても同じように自然に語れる可能性が高くなります。候補選定の段階で見るべき情報が、投稿ノルマ型とは違うものになるということです。

これは、参加者を選別したりふるいにかけたりする話ではありません。むしろ逆で、その人が普段どういう活動をしているかに合わせて体験そのものを設計するという話です。人選の軸を誤ると、投稿の指示をどれだけ丁寧にしても噛み合わない結果になりやすいことはタイアップの成果が噛み合わないときでも触れていますが、体験型イベントではこのずれが、投稿の自然さという形でより表に出やすくなります。

当日の設計は、撮れる場面をつくることと、無理をさせないことの両立です

人選が的確でも、当日の設計が伴わなければ体験は損なわれます。私たちが体験型イベントの当日設計で意識しているのは、大きく三つです。

一つ目は、撮れる場面を意図的につくることです。行程のすべてが撮影に向くわけではないからこそ、休憩のタイミングや景色の開ける地点、設営が落ち着いたあとの時間など、撮影に無理のない場面をあらかじめ行程に組み込んでおきます。当日その場で「撮ってください」と声をかけるのではなく、撮れる条件が自然に整う場面を先に用意しておくということです。

二つ目は、無理をさせないことです。体力差がある前提で行程を組み、余裕を持てないペースを求めません。体験型イベントの価値は、その人が心から良い体験だったと感じられることにあります。無理をして疲弊した状態で撮った投稿は、どれだけ表面上整っていても、本人の実感とずれた投稿になりやすく、結果として不自然な仕上がりになります。

三つ目は、体験そのものを損なわないことです。撮影を優先して行程を止めたり、同じ場面を繰り返し撮り直したりすると、体験の流れが分断されます。体験型イベントの主役は投稿ではなく体験であり、投稿はその結果として自然に生まれるものだという順序を、当日の運営でも崩さないことが重要です。

図版2: 体験型イベント当日の設計チェックリスト

体験型を選ぶかどうかは、ブランドが何を届けたいかで決まります

すべてのタイアップを体験型にする必要はありません。商品そのものを見せたい、決まった期間内に一定量の投稿を集めたいという目的であれば、投稿ノルマ型のほうが設計しやすい場面が多くあります。体験型が向いているのは、商品の使われ方や活動との結びつきをブランドの資産として残したい場合、あるいは体験を通じてブランドの世界観を伝えたい場合です。

判断が分かれるのは、体力や天候への依存度が高い活動をどこまで体験型として設計するかという点です。依存度が高い活動ほど、当日の変数への備えと人選の丁寧さが投稿の成否を左右するため、準備にかけられる時間や当日の運営体制と相談しながら、どこまで体験型として組むかを見極める必要があります。

両方の要素を組み合わせる設計もあります。体験の時間は十分に確保しながら、投稿してほしい内容や公開時期についてはある程度すり合わせておく、という形です。この場合も、体験を先に、投稿の条件はその上に乗せるという順序を崩さないことが、体験型としての質を保つ条件になります。

この記事の範囲

この記事では、体験型イベントにおける人選の軸と当日設計の考え方を扱いました。天候急変時の代替行程の具体的な組み方、活動ごとに必要な安全管理体制の詳細、保険や同行スタッフの配置といった運営面の実務は扱っていません。これらは活動の種類や会場の条件によって個別性が高く、案件ごとに現場と相談しながら組み立てる領域です。

おわりに

体験型イベントの投稿は、当日の指示でつくるものではなく、体験そのものの質から生まれるものです。人選の段階でその人の日常との重なりを見極め、当日は撮れる場面を用意しながら無理をさせない。この順序を守ることが、投稿ノルマ型とは違う設計を必要とする理由です。