ラグジュアリーブランドのSNS PRはなぜ難しいのか — 世界観と拡散の両立
ラグジュアリーブランドの案件を任されると、担当者は最初にある違和感にぶつかります。他のカテゴリで有効だったSNS PRの定石が、そのまま通用しないのです。フォロワー数の多いインフルエンサーに広く声をかけ、投稿量を積み上げて拡散を狙う。この進め方が、ラグジュアリーではブランドを傷つける方向に働くことがあります。
なぜでしょうか。理由は、ラグジュアリーというカテゴリそのものの成り立ちにあります。他のカテゴリで磨いてきた勘所が通用しないのは、担当者の経験不足ではなく、ラグジュアリーというカテゴリの構造がSNS PRの一般的な発想と相性が悪いからです。この記事では、ラグジュアリーのSNS PRが難しく感じられる背景を三つの構造的な矛盾として整理し、私たちが現場で採っている解き方を示します。
ラグジュアリーというカテゴリは、手に入りにくさそのものを価値にしている
一般的な消費財のSNS PRは、知ってもらう人を増やすことがそのままブランドの利益につながります。認知が広がるほど、購入を検討する人の母数が増えるからです。
ラグジュアリーは、この前提が異なります。多くの人に知られていることと、多くの人が実際に手にできることは、意図的に切り離されています。手に入りにくさ、選ばれた人だけが接点を持てるという感覚そのものが、ブランドが提供している価値の一部だからです。だからこそ、SNS PRの目的を「できるだけ広く届ける」に単純化した瞬間に、ブランドが大切にしているものと施策の方向性がずれ始めます。
このずれは、担当者の力量の問題ではありません。ラグジュアリーというカテゴリの構造に、拡散という行為そのものが持つ性質が噛み合いにくいということです。私たちは、その噛み合いにくさを三つの矛盾として捉えています。
拡散させるほど、守ろうとしている希少さが薄れていく
一つ目は、希少性と拡散の矛盾です。
SNS PRの多くの手法は、投稿を増やし、見る人を増やすことで効果を測ります。しかしラグジュアリーにおいて、ある投稿が際限なく拡散されている状態は、必ずしも良い結果を意味しません。手に入りにくいはずのものが、誰もが知っている、どこでも見かけるものに見えてしまうと、ブランドが積み上げてきた手に入りにくさの感覚そのものが薄まってしまうからです。
この矛盾があるために、私たちはラグジュアリーの案件で、広く投稿してもらうことよりも、誰に、どのような場で体験していただくかを先に考えます。拡散の量を追いかける前に、拡散して良い範囲はどこまでかを、ブランドと一緒に見極める作業が必要になります。
世界観を細かく統制しようとするほど、投稿から本人らしさが失われていく
二つ目は、世界観の統制と本人らしさの矛盾です。
ラグジュアリーブランドは、色味、言葉遣い、構図に至るまで、独自の世界観を長い時間をかけて築いています。この世界観を守るために、投稿内容を細かく指定したくなる気持ちは自然なことです。しかし、指定が細かくなるほど、その方らしい言葉や構図は失われ、投稿はブランドの広告と見分けがつかなくなっていきます。
見る人は、そこに違和感を覚えます。日頃その方が発信している世界観と、その投稿だけが浮いていることに気づくからです。世界観を守るための統制が、かえって世界観の伝わり方を損なうという逆説がここにあります。
私たちはこの矛盾を、統制の強さで解決しようとはしません。むしろ、ブランドの世界観と重なる発信を日頃からしている方にお願いを絞り込むことで、細かい指定をしなくても自然に世界観が保たれる状態を目指しています。世界観がそもそも噛み合っていないところに指定を重ねても、無理が生まれるだけだと考えているからです。この噛み合わせのずれがどのように失敗につながるのかは、タイアップの成果が噛み合わないとき、何が起きているのか——起用設計の失敗学で詳しく扱っています。
目先の反応を追うほど、ブランドの長期的な判断を誤りやすくなる
三つ目は、短期の数字と長期のブランド価値の矛盾です。
投稿一件ごとの反応の大きさは、目に見えやすく、比較しやすい指標です。だからこそ、施策の良し悪しをその場の反応だけで判断したくなります。しかし、ラグジュアリーブランドの価値は、一件の投稿の反応では測りきれない時間軸で積み上がっています。今回の投稿の反応が小さくても、その方との関係を重ねることでブランドの世界観が長期的に伝わっていく、という進み方もあります。逆に、その場の反応が大きくても、ブランドの世界観と重ならない発信であれば、長期的には価値を損なうこともあります。
短期の数字だけを判断材料にしてしまうと、目先の反応が良い選択と、ブランドにとって本当に良い選択がずれていることに気づけません。

図版1: ラグジュアリーSNS PRの3つの構造的な矛盾
私たちが現場で採っている、4つの解き方
三つの矛盾は、なくすことはできません。ラグジュアリーというカテゴリの成り立ちそのものに根ざしているからです。私たちが現場でしているのは、矛盾を解消することではなく、矛盾と付き合うための設計を選ぶことです。
一つ目は、少人数・招待制のイベントを施策の中心に据えることです。広く投稿を集めるのではなく、限られた方に直接体験していただく場を作ることで、拡散の範囲そのものをブランドと一緒に設計できます。招待制イベントに来場された方は、投稿していただく約束がなくても、実際には高い割合で投稿されることを私たちのデータでも確認しています(詳しくはイベント施策の投稿率に見る規模の効き目)。求めなくても、良い体験は自然に語られていくということです。
二つ目は、世界観を共有できる方との関係を、単発ではなく重ねていくことです。一度のお願いで終わらせず、継続的に協業する関係を築くことで、細かい指定をしなくても世界観が保たれるようになります。関係を重ねるほど、ブランド側もその方の発信の癖や強みを理解できるようになり、お願いの精度も上がっていきます。
三つ目は、数字の見方を変えることです。投稿一件ごとの反応の大きさだけでなく、その方との関係がどれだけ続いているか、ブランドの世界観と発信がどれだけ重なっているかといった、時間軸の長い指標も合わせて見るようにしています。短期の反応は判断材料の一つであって、それだけがすべてではありません。
四つ目は、起用の基準を、選ぶ側の厳しさとしてではなく、提供する体験の設計の厳しさとして捉え直すことです。「起用基準が厳しい」と聞くと、多くの方を選別し格付けしているように聞こえますが、私たちが実際に厳しく設計しているのは、その方にお願いする体験の中身のほうです。会場、動線、当日のご案内の一つひとつが、ブランドの世界観を体現できているか。ここの設計が甘いと、どれほど世界観に合う方にお願いしても、体験そのものが世界観を伝えきれません。体験をつくる仕事と、それが語られる状態をつくる仕事が別の設計判断であることについては、体験をつくる仕事と、語られる状態をつくる仕事——アクティベーション設計はどこで分岐するのかでも整理しています。

図版2: 私たちが現場で採っている4つの解き方
使いどころと、判断の分かれ目
この四つの解き方は、どの案件にも同じ配分で当てはまるわけではありません。ブランドが積み上げてきた世界観の強さや、これまでの発信の蓄積によって、重心の置き方は変わります。世界観がまだ確立されていない段階であれば、拡散の範囲を広げる余地は相対的に大きくなります。逆に、世界観が確立され、手に入りにくさそのものが価値になっている段階であれば、少人数・招待制の比重を上げ、関係を重ねる時間に投資したほうが、長期的なブランド価値につながりやすくなります。
判断の分かれ目になるのは、目の前の施策の目的が、認知を広げることなのか、すでに知っている方との関係を深めることなのか、という一点です。ここが曖昧なまま数字の目標だけを置くと、拡散を優先する打ち手と世界観を守る打ち手のどちらを選ぶべきか、判断できなくなります。
私たちがブランド側に最初にうかがうのも、この一点です。今回の施策で伸ばしたいのは認知なのか関係なのか。ここが決まっていないまま候補選定や会場設計を進めると、途中で方針が揺れ、結果としてどちらの目的も中途半端になってしまいます。
この記事の範囲
この記事では、ラグジュアリーのSNS PRが難しく感じられる構造と、私たちが現場で採っている解き方の考え方を扱いました。具体的な起用の進め方や候補選定の実務については、扱っていません。また、ラグジュアリー以外のカテゴリにおけるSNS PRの難しさや、カテゴリ間の違いについても、この記事の範囲外です。
おわりに
ラグジュアリーのSNS PRの難しさは、担当者の技術不足ではなく、カテゴリの成り立ちに根ざした構造の問題です。矛盾をなくそうとするのではなく、どう付き合うかを設計することが、私たちの仕事だと考えています。